多摩川ほとりの宇宙

2008年10月28日

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ここのところ時々多摩川沿いの堤防の上を散歩しています。
散歩をしてるとうやむやだった考えがよくまとまる、なんて言う人がいるけど、実際は大体余計に分からなくなってる。まとまったと思って家に帰ってみると、結局また悩みだすことになる。
ただ散歩は少なくとも「考えがまとまる」、もしくは「まとまった」という錯覚をさせてくれる。
何ということもなく考えながら歩いていると、コスモスが咲いてた。

_0011293.jpgいやー、別に「私お花大好きなのぉ。今日はぁお花屋さんでぇ、イーッチバーンきれいなお花買ってきてうちの花瓶に生けるんだぁ(超ブリっ娘調でお願いします)。」というんじゃないけど、まあ花というやつは大概きれいなもの。
サクラやら山茶花やらどんな阿呆でもきれいだと思う花が日本には多いけど、このコスモスもその一つだと思います。
んー、帰国してきて、季節感をまた思い出してきとるな。

それはそれと「コスモス」。変な名前だと思う。
「宇宙」という名前の花。
この花の奥にもしかしたら宇宙があるのかもしれないと、昔冗談まじりに異様なまでの執着心で花の中を覗いてみたことがあった(笑)。
もちろん宇宙はそこには見当たらなかった。
宇宙なんてどこにもありはしない。

調べてみたところ、語源はどうやらギリシア語の「きれいなさま」や「秩序」を表すKOSMOSで、思ってたとおり宇宙も同じ語源でした。
やっぱりこの花は宇宙でした。
だからといって何ということもないんだけど。

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ところで現在カメラはGRDⅡしかオレの手元にない。
最近気付き出したんだけど、コンデジ一台というのはかなりのストレス。
今までデジタルカメラだけが手元にあるという状態が一度もなかったので、知る由もなかったけど、これほどのストレスとは思わなかった。
「GRDⅡ一台で十分」と思って他のカメラたちを実家においたまま、上京してみると今ではアナログカメラがないと生きた心地がしない。

フォーカルプレーンでもレンズシャッターでもいい、手持ちでもいいしレリーズでもいい、とにかくシャッターを切りたい。あのボタンの音とともに伝わる小さな衝撃。

慢性アナログカメラ中毒。
やっぱりフィルムじゃないとダメ。
センサーとかメモリーとかじゃない。
あの茶色いビラビラの薄いプラスチックこそが君。
カメラオブスキュラの中にこそ宇宙はある。

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